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高松地方裁判所 昭和56年(ワ)357号 判決

主文

一  被告杉田是章は、原告に対し金二一七〇万一六八三円及び内金一九八〇万一六八三円に対する昭和五五年四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告杉田是章に対するその余の請求及び被告香川県に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告杉田是章との間においては、原告について生じた費用を二分し、その一を被告杉田是章の負担とし、その余の費用は各自の負担とし、原告と被告香川県との間においては全部原告の負担とする。

四  この判決は、主文一項に限り、原告が金五〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告両名は、原告に対し各自金三三八一万四一九五円及び内金三一七三万四一九五円に対する昭和五五年四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告両名の連帯負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告両名

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五三年一〇月二六日午前一一時三五分ころ

(二) 場所 香川県仲多度郡琴平町上櫛梨九九〇番地先県道交差点

(三) 加害車両 普通貨物自動車(香四四に三二三九)

運転者 被告杉田是章

(四) 被害車両 原動機付自転車(詫間町に二六五)

運転者 原告

(五) 態様

北方から南に向け右交差点内に進入して停車し、右側方の確認をしていた原告運転の被害車両前輪部に東進してきた被告杉田是章が加害車両の左前部を衝突させ原告を転倒させたもの。

2  原告の受傷

原告は、右事故により、脳挫傷、右大腿骨及び肋骨骨折の傷害を受け、後記のとおり入院治療を続けるも昭和五五年四月一〇日に至つて、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条別表第一級第三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)該当の後遺障害を残した。

3  被告杉田是章の責任

右被告は、加害車両の保有者であり、自己のため右車両を運行の用に供していたもので、自賠法三条による責任がある。

4  被告香川県の責任

(一) 本件事故現場の当時の見取図は別紙図面(以下「現場見取図」という。)のとおりであるが、主道路である県道岡田善通寺線(東西線)に対し、従道路である県道丸亀三好線(南北線)が交差する場所(以下「本件交差点」という。)であり、右被告が管理する営造物である。

(二) 本件交差点における営造物(道路)としての瑕疵

本来、交差点は、交通量その他の交通状況だけでなく、付近に存在する建物その他の状況も考慮したうえ安全かつ円滑な交通を確保する構造を有しているべきところ、本件交差点には次のような瑕疵があつた。

(ア) 北東及び南東角は、広いスペースがとつてあり、かつ十分な見通しがきくのに対し、北西及び南西角は、民家が道路部分直近まで張り出し、南進車は右方の、東進車は左右の、北進車は左方の各見通しが全くきかない。そして、東西線は、交差点の西方一二メートルの地点でそれまでの幅員約八・五メートルから約四メートルに狭まり、交差点を通過後は再び約九・三メートルに広がつている。そのため、自動車運転者は、交差点の存在に気づかずして進行しやすいうえ、左側外側線が狭くなつた狭小路部分で北側(道路端の左側)によつて標示されているため、運転者は左側によつて進行しやすくなる。ところが、南進車の場合前輸部分を停止線に添えて一旦停止したのでは右方の見通しがきかない状態であつて、運転者自身が停止線上に来るまで前進せざるを得ない。その場合東進車が道路左側一杯を進行してくると出合頭に衝突し事故が発生することになる。

(イ) かような道路状況であるから本件交差点付近には南進車のためのカーブミラーを設置したり、東西線の外側線の標示を直線にするとか、東進車の交差点進入地点に徐行の標示がなされるべきである。

5  原告の損害 八一四三万七三八〇円

(一) 診療関係費 八五五万二九四三円

(1) 原告は、事故当日から昭和五四年一月一八日まで高松市の県立中央病院に、同日から同年七月一七日まで観音寺市の国立三豊療養所に、同日から同年九月二〇日まで同市の三豊綜合病院に(但し、この間九月一日から同月一〇日まで小林整形外科医院に入院)、同月二一日から昭和五五年四月一三日まで国立三豊療養所にそれぞれ入院して治療を受け、以後現在まで自宅で療養中である。

(2) 入院中の治療費総額 四八一万〇六三三円

(3) 入院付添費 三一〇万四五一〇円

入院日数合計五三六日を通じて付添看護費を要したが、そのうち専門付添人費として一七〇日分合計一二二万八五一〇円を出捐した。そのほか入院全期間(五三六日)を通しての親族付添費として一日当り金三五〇〇円の割合による一八七万六〇〇〇円相当の金員を合計した損害。

(4) 入院雑費 五三万六〇〇〇円

一日当り一〇〇〇円の五三六日分の損害

(5) 寝台車使用料金 四万八〇〇〇円

事故当日、琴平町所在の岩佐病院から前記県立中央病院へ転送された時及び右病院入院中の昭和五三年一二月三〇日に一時帰宅を許可され詫間町の自宅に帰つた時の往復に利用した寝台車の使用料金一回当り一万六〇〇〇円の三回分

(6) 医師謝礼等 五万三八〇〇円

県立中央病院入院中、医師謝礼として二万円を、また同院の看護婦への歳暮として三万三八〇〇円を出捐。

(二) 休業損失 二五一万九一〇五円

(1) 原告は、事故前訴外詫間木材産業協同組合に勤務し、昭和五二年一〇月一日から同五三年九月三〇日までの一年間をみるに、就業日数は三〇六日であり、基本給日額金二八〇〇円、物価手当日額金二四〇円、皆勤手当月額金四〇〇〇円、右一年間の超勤手当として基本日給の一四六・八二日分を得ており、昭和五二年一二月期の賞与は勤勉手当を含め基本日給の二七・七一日分、同五三年八月期の賞与は同じく一八・七五日分であつた。

(2) 原告は、昭和五三年一〇月一日から基本給日額金三一〇〇円に昇給した。

(3) 原告と同一職種、同一賃金の女子従業員は、基本給につき昭和五四年一〇月一日に五・七一パーセント、昭和五五年七月一日に四・七三パーセント昇給しており、原告についても、本件事故がなければ少なくとも同率の昇給をしたはずである。

(4) したがつて、原告の入院中の休業損害は、次の計算により合計二五一万九一〇五円といえる。

(ア) 昭和五三年一〇月二六日から昭和五四年九月三〇日まで三四〇日の損害は、金一五六万八〇三一円である。

(3,100+240)×306×340/365+4,000×12+3,100×146.82×340/365+3,100×(27.71+18.75)=1,568,031

(イ) 昭和五四年一〇月一日から昭和五五年四月一三日まで一九六日の損害は金九五万一〇七四円である。

(3,100×1.0571+240)×306×196/365+4,000×6+3,100×1.0571×146.82×196/365+3,100×1.0571×27.71=951,074

(三) 逸失利益 二四〇六万七五三二円

原告は、症状固定時四八歳であり、統計上就労可能年数は、一九年で、今後の昇給は不確定であるところ、昭和五五年七月一日現在の予定年収は金一八三万四九七五円となるので、これによりその逸失利益を年毎ホフマン方式により算出すると、次のとおり金二四〇六万七五三二円となる。

{(3,100×1.0571×1.0473+240)×306+4,000×12+3,100×1.0571×1.0473×146.82+3,100×1.0571×1.0473×(27.71+18.75)}×13.116=24,067,532

(四) 介護料 二九〇九万七八〇〇円

女子四八歳の昭和五三年簡易生命表による平均余命は三二・四二年であるから、原告は、今後少なくとも二五年間介護を要するものとして、日額五〇〇〇円の割合による介護料を年毎ホフマン方式により算出すると、次のとおり金二九〇九万七八〇〇円となる。

5,000×365×15.944=29,097,800

(五) 慰藉料 一七二〇万円

原告の本件事故による治療中の慰藉料は金一二〇万円、後遺障害に対する慰藉料は金一六〇〇万円の合計金一七二〇万円が相当である。

6  損益相殺及び過失相殺

(一) 原告は、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)から右診療費のうち金四〇一万八五八八円、休業損失のうち金一七九万八五一三円の支払を受けているので、前項記載の損害からまずこれらを控除すると、残損害は金七五六二万〇二七九円となる。

(二) 本件事故は原告にも交差点進入にあたり右方確認方法が妥当でなかつた落度があり、本件事故には原告も三〇パーセントの過失といえるので、被告の負担すべき額は右損害残額の七〇パーセント相当の金五二九三万四一九五円となる。

(三) 原告は自賠責保険から金二一二〇万円の支払を受けているので、これを右金員から控除すると、被告の負担すべき損害額は金三一七三万四一九五円となる。

7  弁護士費用 二〇八万円

原告は、着手金五〇万円を本件訴訟代理人に支払つて訴訟委任をし、報酬を認容額の五パーセント(一万円未満切捨全部勝訴のとき金一五八万円となる)と約したが、これも本件事故により原告につき生じた損害である。

8  結論

よつて、原告は被告杉田に対し自賠法三条に基づき、被告香川県に対し、国家賠償法二条に基づき、各自第七八項の合計金三三八一万四一九五円及び第七項の金三一七三万四一九五円につき、症状固定後の昭和五五年四月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁

(被告杉田是章)

1 請求原因1(一)ないし(五)の事実は認めるが、(五)の事実のうち、原告が交差点内で停止していたこと及び右方を確認しようとしていたことは否認する。

2 請求原因2の事実は認める。

3 請求原因3につき、被告杉田が加害車両の保有者であり、自己のため加害車両を運行していたことは認める。

4 請求原因5につき、

(一)(1) 治療経過に関する事実は認める。

(2) 治療費総額は認める。

(3) 付添費については、付添を必要とした期間、必要人数及び額について争う。

(4) 入院雑費の額を争う。

(5) 寝台車料金を争う。

(6) 医師謝礼金、看護婦謝礼金を争う。

(二) 休業損害、逸失利益、介護料及び慰藉料につき、すべて額を争う。

5 請求原因6につき、

(一) 労災保険の給付額は認める。

(二) 本件事故発生につき、原告にもその主張する過失があり、その過失割合は七〇パーセントである。

(三) 自賠責保険からの給付金額は認める。

(四) 労災保険からの給付につき、原告は過失相殺前の損害額から右給付額を控除しているが、右給付金も損害を填補するものである以上、まず損害額につき過失相殺して、被告らの負担すべき損害額を算定したうえこれから右給付金を控除すべきである。

6 請求原因7の事実は不知。

(被告香川県)

1 請求原因1及び2の各事実は不知。

2 請求原因4につき、

(一)の事実は認める。

(二)の主張は争う。

(ア)の事実のうち、北西角の民家が道路部分直近まで張り出していたこと及び南進車にとり現場見取図の停止線(1)の地点から右方向の見通しがきかないことは否認する。

(イ)の事実につき、本件交差点で南進車のためのカーブミラーが設置されていなかつたこと、東西線の外側線が原告主張の狭小部分で路端(左側)に寄つて標示されていたこと及び東進車のための一時停止の道路標識や標示がなかつたことは認める。

しかし、カーブミラーの設置については、すべての交差点に必須なものではなく、当該道路の状況、形状等からその設置が有効適切である場合になされるものである。本件の場合、被告は現場見取図にあるように、北進左折車のためには氏家自転車店の家屋の存在による視距の不足を補うため設置しているが、東進車のためには右交差点の状況から有効な設置ができなかつたのである。また東進車のための注意として、交差点手前に十字路交差点の警戒標識を設置し、注意を喚起しているものである。

3 請求原因5(損害項目及び額)の事実は、すべて不知。

三  過失相殺の抗弁(被告杉田)

本件事故における過失割合は、被告杉田三割、原告七割であるとするのが相当である。

すなわち、原告車(以下「被告車両」という。)の進行方向から本件交差点に進入するには、道路標識により一時停止が義務づけられているにも拘らず、原告は右義務を怠つていること、被告車両からみた交差道路(東西線)西方は、一時停止線からも充分見通せるにも拘らず、原告は左右の確認をすることなく、かつ減速・徐行せず交差点に進入してきたことからすれば、その過失は大きい。一方、被告杉田は、本件交差点手前でそれまでの時速五〇キロメートルから三〇ないし四〇キロメートルに減速している。

これを彼此考慮すれば前記過失割合が相当である。

四  過失相殺の抗弁に対する原告の認否並びに反論

1  被害車両の進行方向に一時停止の標識があつたことは認めるが、原告が一時停止を怠つたことは否認する。

2  原告が本件交差点へ進入する際、左右(特に右方向)の安全確認を怠つたこと及び減速・徐行しなかつたことは否認する。

また、一時停止線から交差道路の右方向の見通しがきかないことは、被告県に対する請求原因4の(二)のとおりである。

第三証拠関係〔略〕

理由

(被告杉田に対する請求について)

一  請求原因1の(一)ないし(四)(本件事故の発生)の事実及び(五)の事実のうち本件交差点内で加害車両の左側前部と被害車両の前部が衝突したことは、いずれも当事者間に争いがない。

また、請求原因2(原告の受傷)及び3(被告杉田が加害車両の保有者であること)の各事実も当事者間に争いがない。

二  右争いのない各事実からすれば、被告杉田は自賠法三条により本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

三  そこで、原告の被つた損害について検討する。

1  治療費

原告が本件事故後受けた入院治療の経過が、請求原因5の(一)の(1)のとおりであることは当事者間に争いがなく、この間の治療費が四八一万〇六三三円であることも争いがない。

2  入院付添費

成立に争いのない乙第一号証の六、原本の存在と成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、証人曽根音重、同曽根万紀子の各証言によれば、原告は受傷後、意識不明のまま、一たん琴平町所在の岩佐病院へ運ばれたが、危篤状態であり、ただちに高松市の県立中央病院に転送され、そのまま入院して治療を受けたこと、県立中央病院では、脳挫傷、右大腿骨骨折、肋骨骨折、血胸と診断されたこと、原告の意識不明状態は事故後二六日目にあたる一一月一五日朝まで続き、回復後もベツトの上でわけもなく暴れたり、大声を出したりする状態で、用便、食事等も自分ではなしえなかつたこと、このため県立中央病院入院中原告の付添看護人として家族の外に専門の付添婦を雇つたこと、昭和五四年一月一八日国立三豊療養所に転医してのち二か月間も同様に家族の外専門付添婦を雇つたこと、その後右療養所の入院中は完全看護とのことで誰も付添をしなかつたこと、昭和五四年七月一七日三豊綜合病院へ転医した当日は専門付添婦を雇つたが、翌日からは家族(曽根万紀子)のみで付添をした(この間九月一日から一〇日小林整形病院で大腿骨接合術後の抜釘手術を受けて同院に入院した)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実から付添費としての相当損害金を検討するに、まず原告は一七〇日間専門付添婦を雇い一二二万八五一〇円を出捐したと主張するが、直接これを証明する証拠はなく前認定のとおり専門付添婦を雇つたのは、県立中央病院入院中の八五日と、国立三豊療養所の六〇日と、三豊綜合病院一日の合計一四六日であること及び日額としては原告主張の一日当り七二二六円の金額に照らし、七〇〇〇円を下らないものと思料されるので専門付添費用は一〇二万二〇〇〇円となる。

さらに、親族付添費用であるが、原告の症状に照らし、県立中央病院入院中は、専門付添婦の外親族等も付添つたうえその症状の変化を看る必要があつたと認められるが、国立三豊療養所へ入院後は同所が完全看護制であることと前記のとおり二か月間専門付添婦の看護を得たあと付添つていないことから親族の付添費用を認むべきではないと判断する。次に三豊綜合病院入院中は入院翌日の昭和五四年七月一八日から退院日の同年九月二〇日まで(前記小林病院入院中を含む。)曽根万紀子が付添つたのには相当の必要性があつたものと認める。すると親族付添期間は合計二一〇日となり、日額は専門付添婦の半額三五〇〇円をもつて相当と思料する。

よつて、親族付添費は合計七三万五〇〇〇円となる。

3  入院雑費

原告の前記症状に照らし、入院雑費として一日当り一〇〇〇円をもつて相当と思料し、入院全期間五三六日で合計五三万六〇〇〇円を相当損害金と認める。

4  寝台車使用料金

証人曽根音重の証言及びこれにより原本の存在と成立の認められる甲第四号証の一ないし三により原告の請求原因5の(一)の(5)のとおり合計四万八〇〇〇円を寝台車使用料金として出捐したことが認められる。

5  医師謝礼等

証人曽根音重の証言及びこれにより原本の存在と成立の認められる甲第五号証により原告が県立中央病院へ入院中世話になつている看護婦に歳暮として三万三八〇〇円相当の商品を送つたことが認められ、右は本件事故に基因する出捐と認められる。しかし、医師謝礼二万円については、これを証明するものが全くなく認められない。

6  休業損失

証人曽根音重の証言及びこれにより成立の認められる甲第六号証の一、二によれば、請求原因5の(二)の(1)ないし(3)の各事実及び原告が本件事故日から症状固定日の昭和五五年四月一〇日(右固定日は原本の存在と成立に争いのない甲第三号証により同日と認められる。)まで給与を得ていない事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実から原告の休業損害を検討するに、昭和五三年一〇月二六日から昭和五四年九月三〇日まで三四〇日間の休業損害は請求原因5の(二)の(4)の(ア)の式により金一五六万八〇三一円と認められる。

また、昭和五四年一〇月一日から昭和五五年四月一〇日まで一九三日間の休業損害は次の式により九三万八二七二円となる。

(3,100×1.0571+240)×306×193/365+4,000×6+3,100×1.0571×146.82×193/365+3,100×1.0571×27.71=938.272

7  後遺障害による逸失利益

前掲甲第三号証、乙第一号証の六、成立に争いのない甲第九号証、証人曽根音重、同曽根万紀子の各証言によれば原告は昭和五五年四月一三日まで国立三豊療養所に入院していたが、同月一〇日の時点で症状固定と判断されたこと、この時点で原告は右半身不全麻痺で終日臥床(但し、坐いすにもたせると三〇分位坐つておれる。)の要があり、体の移動も歩行によることができず(甲第三号証には杖歩行一〇〇メートルの記載があるが、現実には杖によつても歩行に要する体重の移動はできない。)、食事も左手にスプーンを持つてようやく摂りうる程度であつて、用便も他人の介助を要し、精神的にも不安定で随時他人の注意を要する状態であると認められ、右認定の症状からすれば、原告の後遺障害は、自賠法施行令二条別表の一級三号に該当するものと言える。とすれば、原告は完全に労働能力を喪失したものと認められる。ただし、本訴提起の意思能力、訴訟委任の能力があることは、証拠上明らかである。

右判断を前提として、逸失利益を算定するに、前記認定の昭和五五年四月一〇日現在の原告の収入年額一六七万二一三六円を基礎とし、就労可能年数を一九年(症状固定時四八歳で、六七歳まで)とし、年毎ホフマン方式(係数一三・一一六)により算出すると、二一九三万一七三五円となる。

なお、原告は基礎となる収入を昭和五五年七月一日予定昇給後の年収をもつて請求しているが、当裁判所は症状固定時の収入を基礎とすべきであると考えるので、右主張は採用しない。

8  介護料

前記後遺障害の項で認定した原告の状態に鑑みれば、原告は独力で自己の日常行為を行い得ず、常に家族の者の介助を必要とするものと言わざるを得ない。そして、現時点では長女万紀子がその介助に当つていること前記のとおりであるが、将来とも同女の世話で過ごしうるものではなく、専門付添婦を雇う必要が生じうることも考慮すれば、介護料は原告主張の一日五〇〇〇円を下らないものと認められ、原告の年齢と平均余命からみて原告主張の今後二五年間介護を要するとするのも首肯でき、年毎ホフマン方式によつて現価を求めると二九〇九万七八〇〇円となる。

9  慰藉料

原告の治療経過、後遺障害、年齢等本件に現われた諸般の事情を総合判断して、本件事故により原告の受けた精神的苦痛に対する慰藉料は一五〇〇万円をもつて相当と思料する。

10  以上により、原告の損害総額は、七四一五万三二四〇円となる。

三  損益相殺の一

原告が労災保険から診療費のうち四〇一万八五八八円、休業損失のうち一七九万八五一三円の支払を受けていることは争いがないところ、右金員の給付は、加害者が負担すべき損害金を填補することを建前とする自賠責保険金と異なり災害を受けた労働者にできる限り完全な補償を政府より与えて保護しようとする制度下のもので、労働者に全部過失があつたり、あるいは大きな過失があつて相殺されると加害者に賠償請求すべき額が保険給付額を下廻る場合にも保険給付額は低減されないことから後記過失相殺前に保険給付額を前記損害額からまず控除すべきであると判断する。

すると、損害額は六八三三万六一三九円となる。

四  過失相殺

原告は、本件事故につき自らにも過失があることを認め、その割合を三割であるとするのに対し、被告は原告の過失が七割を占めると主張する。

ところで、原告は事故当時の記憶を失つており、その過失内容は必ずしも明確ではないので、両車両の衝突部位及び本件交差点内での衝突場所等から推察する。

1  加害車両と被害車両の衝突部位につき、成立に争いのない乙第一号証の一の交通事故現場見取図(Ⅱ)及び同号証の添付写真並びに証人大西洋造の証言によれば、被害車両の前輪ホーク部分と加害車両の前面左角のバンパーに衝突痕があること、右痕跡から事故後実況見分をした警察官大西洋造は、被害車の前輪右側と加害車両の前面左角が衝突したと判断したことが認められる。右に従えば、被害車両の側面から加害車両が衝突したことになる。

この点につき、被告杉田は加害車両の左側ドアー部分からその下部にかけて縦に丸長の凹みがあることからこの部分に被害車両の前輪が衝突したと主張する。なるほど前掲乙第一号証の一の添付写真番号11及び12によれば、被告主張の痕跡が加害車両の左側ドアー及びその下部に存在することが認められるが、右写真には加害車両の前面左角付近のバンパーに黒色の擦過痕がみられ、この擦過痕は、その色彩及び形状からみて前記大西洋造の証言によるとおり被害車両の前輪のタイヤの摩擦によるものと考えるのが合理的であると判断でき、そうすると被害車両が加害車両の側面に衝突したとする被告の主張は採用できない。

2  成立に争いのない乙第一号証の三、被告杉田是章本人尋問の結果によれば、被告杉田は、本件交差道路のうち東西線を東から西に向けて走行したことは一回あるも、西から東に向けて走行したのは初めてであること、右被告は、衝突前被害車両に全く気づいておらず、衝突音で初めて原告運転車の存在に気づいたこと及び交差点進入前二回程ブレーキペダルを踏んだが進入時の速度は時速三〇キロメートルないし四〇キロメートルであつたことが認められる。

右1、2の認定事実からすれば、本件事故につき、右被告には前方注視義務及び徐行義務違反の過失があると認められる。

3  一方、原告をみるに、本件交差道路では、東西線を優先道路とし、原告が進行してきた南北線には、南進車に対し一旦停止の道路標識が立てられていること、原告の進行方向からみて右側方の見通しは、必ずしもよくないが、前掲乙第一号証の一の実況見分調書添付写真1と同5、6を併せ考えると、被害車両が一旦停止線前で完全に一旦停止したら体を乗り出すようにしつつ、徐々に右方を見通すなら充分西側から来る車両を確認しうる状況であると認められることと、本件衝突地点が前掲乙第一号証の一交通事故現場見取図(Ⅱ)と添付6の写真でみると一旦停止線から〈×〉で表示された衝突地点まで一メートルを越えて交差点内に入つていることから判断すると、被害車両運転者の原告にも右側方に対する注視を欠いて交差点に進入した過失があることが明らかである。

4  以上みてきたところから、本件事故における原告と被告杉田の過失割合を判断するに、まずその比重としては前記衝突部位からみて右被告の方により大きな過失があるとみるべきである。そのうえで原告と右被告の割合をみるに四対六をもつて相当と判断する。

右により、原告の過失を四割として過失相殺すると、原告の損害額は四一〇〇万一六八三円となる。

五  損害相殺の二

原告が自賠責保険から二一二〇万円を給付されていることは争いがないので、右金額を前記損害額から控除すると被告杉田の負担すべき損害は一九八〇万一六八三円となる。

六  弁護士費用

本訴提起につき原告が訴訟代理人弁護士に委任していることは明らかなところ、認容損害額、訴訟内容等に鑑み、被告杉田の負担すべき弁護士費用は、一九〇万円をもつて相当と思料する。

七  まとめ

以上により、原告の被告杉田に対する請求は、損害金二一七〇万一六八三円及び弁護士費用を除いた内金一九八〇万一六八三円に対する症状固定後の昭和五五年四月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(被告香川県に対する請求について)

一  原告が、その主張の日時、場所において交通事故に遭い負傷したこと及び事故の態様については、被告杉田に対する請求について判断したとおりである。

二  そこで、原告は本件事故の原因の一つとして、被告香川県の管理する本件交差道路は、公の営造物であるところ、道路ないし交差点として備えるべき安全設備を欠いたものであつたと主張し、本件交差道路が右被告の管理するものであることは、当事者間に争いがないので、以下、原告主張の営造物として瑕疵につき検討する。

1  本件交差点の事故当時の状況が別紙現場見取図のとおりであつたことは争いのないところである。右の状況に照らし、東西線を西から東に向けて進む場合の左右の見通しと、南北線を北から南に向けて進む場合の右方の見通しが悪いことは前掲各証拠から明らかであり、琴平警察署長の調査嘱託回答書によると昭和五三年中に本件と同様の東進車と南進車の衝突事故が二回、また東進車と北進車との事故が三回あつたこと及び右事故では徐行義務や左右の安全確認義務違反が問題とされていることが認められる。

本件交差道路が高速道路とか、幅員の広い道路ならともかく、県道とはいえ、南北線は幅員三・五メートルないし四・二メートルの道路であつてみれば、交差点における見通しを常に充分なものとするように角の民家の隅切りをしたり立退きを要求することは、望んで容易になしうるものではない。自動車道路のすべての交差点の見通しをよくすることが行政上の努力目標として考えられることではあるが、この欠陥をもつて直ちに道路としての安全性を欠く瑕疵あるものとは言えない。運転者としては、交差点の実情を心得て自らの注意義務を果すことで事故回避の処置を講ずべきことになろう。

なお、道路を通行する者が、必ずしも道路状況に詳しい者ばかりではないことから、道路管理者としては見通しの悪い交差点における交通規制を道路標識や道路標示によつて適正に行使すべきであるが、この点につき、本件交差点では、南北線を南進する車両に対し、一旦停止の標識を掲げて注意を喚起し、東西線を東進する車両には標識により十字路交差点の存在を知らしめており、自動車運転者が見通しの悪い交差点の存在することを右標識で認識したうえ注意を尽すならば事故の発生を防止しうるものと言える。

2  原告は、南北線を南進する車両のためカーブミラーが設置されるべきであつたと主張するが、果してどの場所に、どの形状のカーブミラーを設置するのが有効適切であつたかについては具体的な主張立証がなく、右ミラーの不設置をもつて瑕疵あるものとは認められない。また、東西線の交差点西側の狭小部分での外側線の標示を直線にすべきであるとか、東進車のために徐行の標示がなされるべきであつたと主張するが、外側線の標示が路肩に寄つたことは幅員が南側から張り出した住宅によつて狭まつていることが然らしめるものであるし、徐行の標示は前記交差点ありを表示する標識によつて示されているものと言えるから、原告の右主張は、いずれも本件道路の瑕疵をもたらすものではなく採用できない。

よつて、原告の被告香川県に対する請求は、その余の判断をするまでもなく理由がない。

(結語)

以上の理由により、原告の被告杉田に対する請求を右の限度で認容し、その余を失当として棄却し、被告香川県に対する請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条一項本文、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおりと判決する。

(裁判官 井上郁夫)

別紙

〈省略〉

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